「けがれなき酒のへど」
料理を作りながらラジオを聞いていると、芥川賞作家=西村賢太氏
がゲスト出演していた。
穏やかな口調ではあるが、底知れぬ暗部を抱えている人に思えた。
そして意外にも”稲垣潤一”の曲をリクエストした。
(後で分かったことだが、同棲していた女が聴いていた曲らしい)
受賞前の旧作をアマゾンに注文して、読むことにした。
「けがれなき酒のへど」「暗渠の宿」「墓前生活」「どうで死ぬ身の一
踊り」「一夜」といった中編と短編である。
途中、何度も本を閉じようと思った。
そのいわゆる私小説は、私にとって不愉快以外のなにものでもなかった。
本の裏表紙にはこうある。
「貧困に喘ぎ、暴言をまき散らし、女性のぬくもりを求め街を彷徨えば
手酷く裏切られる。屈辱にまみれた小心を、酒の力で奮い立たせても、
またやり場のない怒りに身を焼かれるばかり。
路上に果てた大正期の小説家・藤澤清造に熱烈に傾倒し、破滅のふちで
喘ぐ男の内側を、異様な迫力で描く劇薬のような私小説‥(後略)」
文学賞の選考委員はこう言うだろう。
いままでにない個性的な作家が出てほしい。
”重松清風”や”村上春樹風”といった手垢のついた文章に飽き飽きし
ている選考委員にとって、西村の粘っこい小説群は新鮮に映ったのだろう。
読み進みながら、私は車谷長吉氏を思い出していた。
車谷もまた古風な文体を駆使する私小説家だが、どこか抒情的であり、
共感を覚えた。
一方、西村氏が書く主人公は、「文学(藤澤清造)オタク」「女への情欲
ともてない自分への卑下」「学歴がないことへの限りない劣等感」「短気
なDV野郎」等々、どう見ても性格破綻者だ。
「どうです、俺って悪でしょ」
と頭の裏をかきながら呟く彼の顔が浮かぶ。
同時に、「なんで、俺のこと分かってくれないんだ!」と
眉をつり上げて攻撃してくる彼の顔が浮かぶ。